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16.よくそんなクサい台詞言えるね(春歌収冬)

補足:幸(ゆき)、咲良(さくら)、美穂(みほ)と読みます。




――【愚かな問い掛け】――




「女と男の間にできる愛情の太さと、男と男の間にできる友情の太さは、おんなじなんだよね。」
両手の人差し指を二人の人間に見立てて彼女は言った。
「…つまり?」
「私は、私と咲良くんどっちが大事なんてこと訊かないから安心してね。」
「はぁ?」
自分にしては珍しく大きな声をだしてしまったと思う。
「だって最近幸くん、咲良くんとばっかり一緒にいるから、私にゲイだと勘違いされてるって思ってたら辛いでしょ?あ、別に同性愛を差別してる訳じゃないよむしろ賛成。」
「ちょ…ちょっとちょっと待って。」
わからない解説とマイペースで淡々とした口調で話されてすっかり彼女のペースだったのをなんとかぶったぎる。
「美穂は俺がゲイだと思ったのか?」
少しの不安と半笑いで冗談まじりに聞返したら、ううん、と否定したものの、すぐに
「バイだと思ってる。」と更に奈落の底へ落とされんばかりのことを言われた。
ピンポーン、と、今の俺の気分に全く合わないリズミカルなベルの音が空しく響く。
「噂をすれば?」
不覚にも彼女のニヤけ顔に少しむかついた。

「おじゃましまー!」

声変わりをしているはずなのに随分高い声をしている友人は一目散に俺たちのいるリビングへやってきた。
「あ、美穂ちゃんもいる!」
「いるよ~、日曜日だしね。」
声のみならば小学生とお姉さんという微笑ましい状況に聞こえるが、実際は俺と同棲中である美穂も、色々と幼い友人の咲良も、この俺と同じ歳だ。
彼が来たことで、部屋の空気がまるで中学校の教室のようになる。俺の隣に並んで座っていた美穂もいつの間にかテーブルに両肘を乗せ、置かれている菓子の包みを開けて、咲良と雑談に花を咲かせていた。
お邪魔します、という言葉がこれ程意味をなさない事には、もう慣れていた。
「…なぁ、何しに来たんだ、お前。」
「ん?あぁ……、そうだ!」
成人をとうに過ぎているのに、食べていたチョコレートを口につけて、まだ幼さの残る顔がこちらを向いた。
それがとても楽しそうで、すごく嫌な予感がした。
(長年の付き合いから、こいつがこの笑みをみせた後にはろくなことがないという事を俺は知っている。)
「また何か、くだらない事を考えてんだろ。」
「いや、今ちょっとした愚問を思い付いたんだよ。」
愚問は問い掛けるものではないだろうと思うが、恐らく彼にはそんな事はどうでもいいのだろう。
「なになに、面白い?」
美穂が食いついた。
この二人にとって重要なのは、如何に自分たちがそれによって楽しめるか、という事だ。
「幸は、もし俺と美穂ちゃんのどっちかしか助けられない状況になったら、どっちを助ける?っていう。」

「え。」
「あ、」
たった数分前に"話題にしない"と言っていた話題が、いとも簡単に話題にされてしまった。
恋人同士が切羽つまった時に大抵女の方から切り出す「仕事と私どっちが大事なの」さながら、これ程男を困らせるくだらない愚問はないだろう。
(俺の場合は何故か比べる対象が仕事ではなく男という異例なのだが。)
「その事は…」
「幸は困ると面白いことを言ってくれるでしょ?」
どうにか話を逸らそうとするが咲良は止まらない。美穂に目で助けを求めた。が、こういう時の彼女の行動は大抵俺の思い通りにならない。
「そう…だね…!」
話題にしないと言ったのは美穂じゃないか!?と顔で訴えたら、小声で彼女は呟いた。
「"私から"は話題に出さない、と言ったんだよ。咲良くんが出したんだったらしょうがないよね!」

美穂と咲良が同じ顔をしている。
"期待しているよ"光線がキラキラと俺に向けられているのが見える。
(この二人がこうなると、俺はもう断ることはできない)
ひとつ、溜め息を足下へ落として、覚悟を決めた。
「どっちかしか助けられないとしたら…」
「したら?」
目を閉じて、二人が居なくなるかもしれないという、究極に最悪の事態になった事を、想像した。
(もし二人のどちらかを選ぶとしたら)








「…なんとしてでも、どっちも、助ける。」

「…て、いうのは?」

「そんなルールなんて関係無しに、二人共、どんなことをしてでも絶対助けるよ。」

俺にとって
美穂は彼女として、
咲良は友達として、
それぞれを、一番大事だと思っている。
俺の中で、2人のどちらか一方が欠けることはどうしても考えられなかった。


目を丸くして、恐らく驚いているのか、ぽかんとしている二人を見て、言葉を待った。





「くさ」
「くせぇ」
「ッな…!?」
自分なりに正解と思われる答えを出したのだが、思わぬ反応に意表をつかれた。
「よくそんなクサい台詞言えるね。」
「即答で"美穂"って答えなきゃ彼女持ち彼氏としてどうよ?」
「彼女してちょっと期待したんだけどね~。」
二人して顔を寄せ、女子高生か、とツッコミをいれたくなった。

女と男の間にできる愛情の太さと、男と男の間にできる友情の太さが同じなら、まさに美穂と俺と咲良が当てはまると思う。
もしかしたら俺の選択は欲張りだと言われる事かもしれない。
だから俺にとって、あの質問はまさに愚問の他ならなかった。
そんなことを聞く為にわざわざ来たのか、咲良に尋ねると、
「ううん、今日はほんとにただ遊びに来ただけ。」
と、さらりと答えた。

それが俺の普通の日常だった。

二人を呆れて眺めていると、美穂が振り返り、言った。
「ねぇ、やっぱ幸って、
 両刀?」
その後、生まれて初めて出した最大の声で、精一杯の否定をした。





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04.まだ起きてたの?

午前2時。廊下へ出ると彼女の部屋から明りが漏れているのが見えた。
「まだ起きてたの?」
扉を開けたときに私が言うべき言葉を言われた。
「こんな時間まで起きてても良いことないでしょ。早く寝なって」
彼女は虫でも追い払うかのように手をひらひらとさせた。
私の方は向かず、前に置かれているパソコンへ顔と視線を向けたままだ。
ことごとく、それはこっちのセリフだ。
「折角だけど、私、コーヒー煎れちゃったから」
そう言って、彼女の部屋の白熱灯のスイッチをつけた。


―【コーヒーブレイク】―


「アンタ居ると集中できないのよねぇ」
そう言いつつも指はキーボードを打ち続けている。
決まったリズムで、
タタタン、タン、タタンタタン、タン、タタン、タン。
彼女の指はいくつもの世界を、人々を、物語を創り、奏でてきた。
そして今も。

彼女は小説家だ。
確か高校生の時、趣味で書いたのが始まり。それが彼女の初めて“完成した”小説だった。
その頃から少しずつ努力を重ね、今はシリーズものを持てる程のちょっとした作家になっている。

「そうそう、あのね」
彼女は指の奏でを止めず、呟いた。
「そろそろやめようと思うの」
一瞬、何を、と訊いてしまいそうになったが、やめた。
「また、お父さんが何か言ったの?」
彼女が小説を書くことに、父は反対していた。
今はまだ安定しているが、いつ収入がなくなるかわからない不安定な職業は親としても不安らしい。
彼女がデビューをして、連載を持って、シリーズをもっても、なお、彼女と親との決着は着いていない。
「まぁ、私も前々から考えてたんだけどね。中々やめられなくて。
 でもさ、歳をとってから安定した職を見つけるのは難しいし。
 このシリーズが終わったら、もう、書くことをやめるよ」
キリが良いから、と言って、彼女は勢いよくキーを打った。

彼女の小説は、たくさんのひとに読まれている。
ファンレターを少しだけ読んだことがある。それは病院で入院している少女からだったり、二児の子共を持つ主婦からだったり、はたまた野球でレギュラーを目指す男子中学生からだったりと、まさに老若男女を問わない。
彼らが必要としているのは、彼女の書く物語だ。
それが無くなってしまうということは、ひとつの世界が消えることと、似ているのかもしれない。

「それ、本心?」

私の言葉で、彼女のキーボードを打つ音が止んだ。
そして、わからない、と言った。
「わからないけど、このままモヤモヤしてるよりは、いいかもしれない」
そういってまた、彼女はキーを打ち始める。
彼女の言葉は“決意”ではなく、“諦め”のように聴こえた。
「それでいいの?」

そんなことで、自分のゆめ、消しちゃっていいの?

小さい頃、彼女は私に絵本を読んでくれた。
そそいて読み終わった後、決まってこういうのだった。
『わたしはね、しょうらい、ずっとおはなしをつくっていくひとになりたいな』

「全てが安定するから。全部、収まるから」
何が“安定”しているのだろうか。私だっていつ会社から追い出されるかわからないのに。
「私にいつも、妥協するな、って行ってるくせに、自分は人生も妥協するの?」

カタ、タ。
このとき、暫くの沈黙があった。実質、数秒だったのかもしれないが。
「ありがとう。でもね」

「もう、決めたんだ」

カタン。

キーを打つ音が、終わった。
私は何も、言えなかった。

『わたしのゆめはね、せかいじゅうのひとに、わたしのおはなしをよんでもらうことなの』

「もう寝たら」
白いコーヒーカップには茶色い跡が残っているだけ。私はここに居る理由はなかった。
「おやすみ、お姉ちゃん」

「うん、おやすみ」

私は静かに

彼女の部屋を後にした。





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03.本当は優しいクセに

今日は久々にあったかい日。




―【うそつき】―


私は相変わらず白い掛け布団と白いシーツの敷布団の間に挟まれ、白いパイプベッドの上で白い壁の中に暮らしています。
窓からは真っ青と言える狭い青空が見える。立体感のある雲が可愛い。
風は暖かで、目を瞑ると右から左へ通り過ぎていくのがくすぐったくて心地いい。
目を閉じると耳が敏感になる。風の通る音や空を飛ぶ鳥の声。かろうじて聞こえてくる程度の小さな足音も目を閉じた状態なら聞こえる気がした。
・・・いや、“気がする”んじゃない。聞こえている。
その足音はこの静かな空間には目立つほどの大きさになって、止まった。
恐らく、私の部屋の前だろう。私は思わず置時計の針の位置を確認する。
キィ、と静かな白いドアを開けて、そいつはやってきた。
「やっぱり大介だ」
「やっぱりって何だよ」
「予想が的中したからやっぱりって言ったの」
この時間に来るのは、大介しかいない。私が時計を確認したのも、その為。
「いつもこの時間に来るのは大介だけだもん」
「この時間にくれば丁度、綾香は寝てると思って来てんだよ」
「そう言っておきながら、私はこの時間に寝てた試しがありませんけど?」
「うっさい。病人は四六時中寝てろ」
幼稚園の時からの幼馴染が言う相変わらずの暴言にはもう慣れている。
そしてやっぱり、この幼馴染は

嘘が下手だ。

私が寝てる時に来たら、面接の意味ないじゃん。
しかもこの時間は診察が終わったばっかりだから、寝てるはずないよ。
――だけど、指摘すればまた彼は、拗ねたように暴言を吐くのだから、あえて言わないのだ。これも、もう慣れてる。
「今日、天気めちゃめちゃ良いよね。気持ちいい」
「……俺は少し暑いくらいだけど」
「全く、素直じゃないねぇ。ねぇ、ゲンブ」
左から右へ体の向きをかえて、私は棚の上に住む亀の甲羅を指先で軽く触った。
「お前、平気なのかよ。亀、触っても」
「平気なんじゃない?置いといても文句言われないし」
私の言葉に大介は納得いかなかったように唸ったが、何も言われないのだから置いたままでも平気なのだ、と私は解釈してる。
「その亀さ、小父さんがくれたんだろ?」
「うん。小父さんがくれたお守り」
“小父さん”とは私の家の隣に住む人のことで、小父さんとは名ばかり、20代前半の若いお兄さんだったりする。ここに来る前はよく近所の公園で遊んでくれた優しい人だった。
私がここに入る前、その小父さんは突然引っ越すことになり、新居はペットを禁止されているマンションの為、彼の飼っていた亀を私が譲り受けたのだった。
あの頃はただ、小父さんに覚えていてもらいたかった、ということに必死だった気がする。その小父さんはとてもカッコよかったからだ。
事実、今でも私の理想のタイプは、あの小父さんだったりするのだが
今では連絡も住所も知らないが、この亀だけでも繋がっていたいと思ってお守り、ということにしている。
「今はなんか妙に可愛いんだよね。目がくりくりしててさ」
「ふーん」
興味なさそうに声を出した大介だが、ゲンブを目が合うとわずかに身体を引いた。彼は亀が苦手なのだろうか。幼馴染の新たな発見をして、少し得をした気分になった。

「あと、どれくらいなんだ」
ゲンブを水槽に戻している間に、大介は窓の傍へと移動していた。こちらに背を向けて、窓の外を眺めている。
彼が訊ねたのは、恐らく、わたしがここにいる期間のこと、だろう。
それは、私にもよくわからなかった。

ここへきてわかったのは、私に関わる人間のほとんどが、真実を口にしないということだった。
嘘を言うのではない。言わないのだ。話を止めたり、はぐらかしたりして、大事なことを言ってくれない。
だけど、そんなことをやられると逆に分かってしまうもので、
だからまだここへ来たばかりの頃は、そのことについて親に尋ね、何も答えてくれないことにムシャクシャしたものだった。

だけどこの日は、調子よく私は嘘をついた。
「もうすぐなんだって」

それは、彼の声があまりにも調子はずれだったから。
普段と違って、弱々しく、不安で、それを必死に隠そうとしていたから。
私にはそれが嘘だということがわかった。
だから私も嘘をつきかえした。
「早くて一週間くらいなんだってさ!ほら、今日なんかこんなに調子がいいし」
「ふーん」
流石に一週間は早すぎるか、と思ったが、大介は納得がいったのかいかないのか分からない相槌をうった。
そして自分の肩にかけていた黒い大きめのバッグの中から何かを取り出し、ゴミでも投げるかのように軽く、ぽん、と私のベッドの上に放り投げた。
何かと受け取って見ると、それは。
「うわあー!うっれしーー!」
私が好きな作家のシリーズもの最新小説だったのだ。
前からあまり小説というものを読まなかったのだが、今の生活上、小説は結構な娯楽の一部となっている。その中でも特に私が気に入った作家の小説はもちろんとても人気なもので、図書館でも中々借りれずにいた。
「この本の登場人物がねーどことなく小父さんに似ててねー」
「それもう、何回も聞いたっつの」
「そうだっけ?…まさか、大介、これくれるの!?」
「貸すだけ」
間髪いれずに、そしてはっきりと声を出された。これは残念なことに嘘じゃない。
「退院するまで貸すだけだ。欲しいんだったら金払え!」
「なにそれー!」

やっぱり、大介は大介だった。
暴言吐きで、嘘が下手な、私の幼馴染だ。
そのやり取りがなんだか可笑しくて
ずっと頭にあったことを、口にしてしまった。

「本当は優しいクセに」
「あ?」
幸い、大介には聞こえてなかったらしい。
「うん、なんでもない」
「うわ、超うぜぇ」
「チョーウゼー」
大介と顔をあわせるといつも私は笑っていた。
そしてこれからも、
ずっとこの素直じゃない幼馴染と一緒に。






今日は、とてもいい天気。










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02.人間なんてそんなものだよ

宙を眺める者は、もうこの世には居ないのだよ――・・・
貴方だけですよ、信じているのは――・・・
もう、手遅れなのだ――・・・




――【神ガ死ス時】――


「嗚呼」
東の龍が鳴きました。
「近い」
龍は静かに、悟りました。
まだ花は静かに眠っています。
「もう、少しも、待てないのだろうか」
それは小さな呻き声。
遠くに居る愚かな者には聞こえません。
「もう、無理ですよ」
龍の隣の雀は答えました。
「貴方はもう限界です」
赤い雀は目を伏せます。
「止めて下さい」
紅の羽根に一雫、哀しく冷たく伝います。
「彼らにはもう届かない」
西より届く虎の声。
「この世は破滅を待つだけだ」
白い尾はゆらりと揺れて。
「我らも落ちぶれたものよ」
漆黒の亀は静かに囁き、青い宝を見つめました。
「愚かなものだ」
「人間なんてそんなものだよ」
虎の諦めが混じるその呟きに、皆は言葉をなくします。


「そろそろ、終わりにしては如何かね」
黒の亀は諭します。
漆黒の瞳に、微かに光がおびました。
「私も彼らの一人を信じたのは、一度きりだった」
懐かしい歌を謡うように語ります。
「彼は最期まで、私を信じてくれていた」
「永く彼らを見てきたが、今にもそれが最後だった」


言葉を無くす各々が見つめるものは
美しく、しかし醜くなりつつある宝石。


「だが」


「最期にひとつ、光を望んでも良いだろうか」
青い龍は、もう永くありません。
其れでも光を望むのは、彼が彼らを信じているからなのでしょう。
「貴方の望みなら」
朱色の翼を輝かせ、雀は微笑みました。
「此れが最後だ」
白い鬣<たてがみ>を靡かせて、虎は大地を揺るがす雄叫びを上げます。
「悔いは、無いのだな」
漆の甲羅は艶を増し、鋭く光ります。

「ああ」


霞みのない意思と共に
竜の蒼く澄んだ鱗は空へ融け
白い竜へと姿を変えて
青の宝石へ向かいました。


神々の嘆きを伝える為に

彼等を救う為に

命を削る青の竜












世界が滅ぶ 数年前のおとぎ話。








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01.世界が俺を呼んでいるのだ

「世界が俺を呼んでいるのだ」
「何を言うか唐突に」
人間の考えることはわからない。
しかし、私は、この男の考えこそ謎なのだと感じる。


―【CALLING】―


その男が私の書斎へ表れたのは数分前、いや数秒前だったか。
私の家には決して響かないであろう下品で壮大な振動と供に奴は現れた。
「大変な知らせだ!!」
「それは私にとって有意義なことか」
奴の顔など確認しなくとも、声だけで興奮していることがわかる。
その興奮は紛れも無く「喜び」だ。
「大室~……折角、親友がはるばる会いにきてやったのに挨拶もねぇのかよォ」
「親友ではない。江波、お前こそ家に入るときはまずチャイムをしろと何回も言っているだろうが」
遥々も何もお前の家は自転車で15分もかからない上に、3日前にも同じように騒がしく私の読書の邪魔をしただろう。ここで私は今日初めて江波の顔を見る。やはり奴は頬を赤くして満面の笑みを浮かべていた。
「用が無いならとっとと帰れ。お前と違って私は多忙なのだ」
「おおう、用があるから来てんだった。忙しくたって聞く価値はあるぜ!」
「以前のように野良猫が引き取られたなどの雑談は聞かんぞ」
「それも大事だったけど今回は比べもんになんねぇよ。世界が関わってくる!」
ばたばたと大きく身振り手振りをして事の大きさを表現しているのだろうか。
慌ただしい奴だ。
ここで、私は改めて奴の顔を見て、本にしおりを挟んだ。
「……試しに、言ってみろ」
私の許可を得て、江波は口の端を上の方に吊り上げて微笑んだ。
そしていつもの、三日前に散々スナック菓子を喰い散らかしたソファに座った。
「いいか、一度しかいわねぇかんな」
足を広げ、私の方へ身を乗り出す様にして、言った。

「俺は、今夜旅に出る」

「……帰れ」
「おおい!!親友が折角報告しに来てやったのにその言葉はなんだ!!」
「今お前と会話した時間、言葉、酸素、全てが無駄だった。それに親友ではない!!」
それの何処が大事なのだ。それの何処が世界に関わるのだ。
私はやはり72時間前も同じようにあきれ果てたことを、今、思い出した。
江波は何時の間にか私の机の前まで迫っていた。
「呼ばれてるんだ」
その時私は、奴の雰囲気に圧された。江波の目が、尋常でないほど真剣だったのだ。
「……誰に」
「世界」
「お前さぁ……」絶句、というのはこのことだ。逆に心配になってくる。
「今度診察してやろうか」
「失礼な!!証拠を見るといい!!」
そんな破天荒な話に証拠もなにもあるのだろうか。不信がる私を横目に、奴はずかずかと私の後ろにある東側の窓を開けた。
肌寒い風がひゅうと吹いてくる。寒い。
「見ろ」
奴の人差し指の先には巨大な長い雲がひとつ、快晴の空に悠々と浮いている。
私は奴の顔を睨んだ。あれが、証拠か。
「あの龍は東の空から北東に向かって進んでいる。俺はあの龍を助けに行かなきゃならんのだ」
「龍…?」
言われてみると、その長い雲は、しっかりと頭があり、角があり、足や尻尾もあるように見えた。
「龍が雲になるのは、人間に助けを求めてるからなんだ。そう、俺のじーちゃんは言っていた。
 それは世界に危機が訪れている充分な証拠だ!!だから……」
「だから……?」
この瞬間、私は奴に関わるときに感じる嫌な予感が巻き返してきた。
「大室。お前も一緒に行こう!」
「行かん!!」
奴の話を真剣に聞くことは、よほど暇な人間のすることだ。
私はまた、よほど暇な人間のひとりとして数えられてしまうところだった。
「なんでだよ!世界を救えるかも知んねーんだぜ!?」
「私はお前ほど暇な人間ではない!!第一、宛てはあるのか」
「もちろん、無い」
適当極まりない。何故そんなに自信を持って言えるのかが分からない。
「だけど、時間も金も大丈夫だ。大体は野宿になるだろうけど」
「そんな旅に私を誘おうとしたのか。いつ死ぬかわからんな」
「世界を救うんだ。そんくらいじゃ死なん!」
「お前はきっと死んでも死なないだろうな。是非いつか解剖してみたいものだ」
こいつは高校のときからそうだ。私が少しでも話を聞いてやるとすぐ調子にのる。そして、私を誘うのだ。
それは卒業した数年後の今現在も全く変わってはいない。いや、磨きがかかったか。
「ま、無理にとは言わねーよ。その代わり、俺がいなくなっても死ぬなよな」
「何故、お前が消えて私が死なにゃならんのだ」
「大室みたいな奴は、寂しいと死んじゃうんじゃないかと思うから」
あと一言、奴が冗談を言えば、私は確実に強行手段に出るところだ。その時だった。

「失礼しますね」

「ああ、雪乃さん」
「コーヒーを、お持ちしました」
「いや、彼はもう帰るそうだ。寧ろ帰らせる。コーヒーは私だけで頂くよ」
「え、あ、そうですか」
「じゃあな!!手紙書くからなぁ!」
勇ましいほど勢いよくドアが閉められ、騒がしい嵐は去っていった。
とりあえず私は、部屋に被害が及ばなかったことを安心し、有意義であった読書を再開した。

「江波さん、どこかへご旅行に行かれるのですか?」
「さぁな。世界が呼んでいるんだそうだ」
「まぁ」
そして雪乃さんは、持っていたコーヒーのひとつを私の机に置いて、こう言った。
「そういえば江波さん、この前も『南西の方で猫が生まれた』って言いに着ましたよね」
前世が、占星術師か何かだったんじゃないですか?笑いながら彼女は言い放った。
「そういえば…」
学生の頃から奴は空を見て、西に何が居るだの、北で何が起こるだのと騒いでは、それが真実に近いか現実に起きていたことを証明していた。
あながち、龍の話も世界が関わる話も嘘ではないのかもしれない。
私はゆっくりと泳ぐ白い龍を眺めながら、
目を覚ますようにコーヒーを一口、飲んだ。




06/11/26





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