[sor ato e ru]
青空の羽を秘める少年と、堕ちた神の使いに似て非なる者の話
03.本当は優しいクセに
今日は久々にあったかい日。
―【うそつき】―
私は相変わらず白い掛け布団と白いシーツの敷布団の間に挟まれ、白いパイプベッドの上で白い壁の中に暮らしています。
窓からは真っ青と言える狭い青空が見える。立体感のある雲が可愛い。
風は暖かで、目を瞑ると右から左へ通り過ぎていくのがくすぐったくて心地いい。
目を閉じると耳が敏感になる。風の通る音や空を飛ぶ鳥の声。かろうじて聞こえてくる程度の小さな足音も目を閉じた状態なら聞こえる気がした。
・・・いや、“気がする”んじゃない。聞こえている。
その足音はこの静かな空間には目立つほどの大きさになって、止まった。
恐らく、私の部屋の前だろう。私は思わず置時計の針の位置を確認する。
キィ、と静かな白いドアを開けて、そいつはやってきた。
「やっぱり大介だ」
「やっぱりって何だよ」
「予想が的中したからやっぱりって言ったの」
この時間に来るのは、大介しかいない。私が時計を確認したのも、その為。
「いつもこの時間に来るのは大介だけだもん」
「この時間にくれば丁度、綾香は寝てると思って来てんだよ」
「そう言っておきながら、私はこの時間に寝てた試しがありませんけど?」
「うっさい。病人は四六時中寝てろ」
幼稚園の時からの幼馴染が言う相変わらずの暴言にはもう慣れている。
そしてやっぱり、この幼馴染は
嘘が下手だ。
私が寝てる時に来たら、面接の意味ないじゃん。
しかもこの時間は診察が終わったばっかりだから、寝てるはずないよ。
――だけど、指摘すればまた彼は、拗ねたように暴言を吐くのだから、あえて言わないのだ。これも、もう慣れてる。
「今日、天気めちゃめちゃ良いよね。気持ちいい」
「……俺は少し暑いくらいだけど」
「全く、素直じゃないねぇ。ねぇ、ゲンブ」
左から右へ体の向きをかえて、私は棚の上に住む亀の甲羅を指先で軽く触った。
「お前、平気なのかよ。亀、触っても」
「平気なんじゃない?置いといても文句言われないし」
私の言葉に大介は納得いかなかったように唸ったが、何も言われないのだから置いたままでも平気なのだ、と私は解釈してる。
「その亀さ、小父さんがくれたんだろ?」
「うん。小父さんがくれたお守り」
“小父さん”とは私の家の隣に住む人のことで、小父さんとは名ばかり、20代前半の若いお兄さんだったりする。ここに来る前はよく近所の公園で遊んでくれた優しい人だった。
私がここに入る前、その小父さんは突然引っ越すことになり、新居はペットを禁止されているマンションの為、彼の飼っていた亀を私が譲り受けたのだった。
あの頃はただ、小父さんに覚えていてもらいたかった、ということに必死だった気がする。その小父さんはとてもカッコよかったからだ。
事実、今でも私の理想のタイプは、あの小父さんだったりするのだが
今では連絡も住所も知らないが、この亀だけでも繋がっていたいと思ってお守り、ということにしている。
「今はなんか妙に可愛いんだよね。目がくりくりしててさ」
「ふーん」
興味なさそうに声を出した大介だが、ゲンブを目が合うとわずかに身体を引いた。彼は亀が苦手なのだろうか。幼馴染の新たな発見をして、少し得をした気分になった。
「あと、どれくらいなんだ」
ゲンブを水槽に戻している間に、大介は窓の傍へと移動していた。こちらに背を向けて、窓の外を眺めている。
彼が訊ねたのは、恐らく、わたしがここにいる期間のこと、だろう。
それは、私にもよくわからなかった。
ここへきてわかったのは、私に関わる人間のほとんどが、真実を口にしないということだった。
嘘を言うのではない。言わないのだ。話を止めたり、はぐらかしたりして、大事なことを言ってくれない。
だけど、そんなことをやられると逆に分かってしまうもので、
だからまだここへ来たばかりの頃は、そのことについて親に尋ね、何も答えてくれないことにムシャクシャしたものだった。
だけどこの日は、調子よく私は嘘をついた。
「もうすぐなんだって」
それは、彼の声があまりにも調子はずれだったから。
普段と違って、弱々しく、不安で、それを必死に隠そうとしていたから。
私にはそれが嘘だということがわかった。
だから私も嘘をつきかえした。
「早くて一週間くらいなんだってさ!ほら、今日なんかこんなに調子がいいし」
「ふーん」
流石に一週間は早すぎるか、と思ったが、大介は納得がいったのかいかないのか分からない相槌をうった。
そして自分の肩にかけていた黒い大きめのバッグの中から何かを取り出し、ゴミでも投げるかのように軽く、ぽん、と私のベッドの上に放り投げた。
何かと受け取って見ると、それは。
「うわあー!うっれしーー!」
私が好きな作家のシリーズもの最新小説だったのだ。
前からあまり小説というものを読まなかったのだが、今の生活上、小説は結構な娯楽の一部となっている。その中でも特に私が気に入った作家の小説はもちろんとても人気なもので、図書館でも中々借りれずにいた。
「この本の登場人物がねーどことなく小父さんに似ててねー」
「それもう、何回も聞いたっつの」
「そうだっけ?…まさか、大介、これくれるの!?」
「貸すだけ」
間髪いれずに、そしてはっきりと声を出された。これは残念なことに嘘じゃない。
「退院するまで貸すだけだ。欲しいんだったら金払え!」
「なにそれー!」
やっぱり、大介は大介だった。
暴言吐きで、嘘が下手な、私の幼馴染だ。
そのやり取りがなんだか可笑しくて
ずっと頭にあったことを、口にしてしまった。
「本当は優しいクセに」
「あ?」
幸い、大介には聞こえてなかったらしい。
「うん、なんでもない」
「うわ、超うぜぇ」
「チョーウゼー」
大介と顔をあわせるといつも私は笑っていた。
そしてこれからも、
ずっとこの素直じゃない幼馴染と一緒に。
今日は、とてもいい天気。
―【うそつき】―
私は相変わらず白い掛け布団と白いシーツの敷布団の間に挟まれ、白いパイプベッドの上で白い壁の中に暮らしています。
窓からは真っ青と言える狭い青空が見える。立体感のある雲が可愛い。
風は暖かで、目を瞑ると右から左へ通り過ぎていくのがくすぐったくて心地いい。
目を閉じると耳が敏感になる。風の通る音や空を飛ぶ鳥の声。かろうじて聞こえてくる程度の小さな足音も目を閉じた状態なら聞こえる気がした。
・・・いや、“気がする”んじゃない。聞こえている。
その足音はこの静かな空間には目立つほどの大きさになって、止まった。
恐らく、私の部屋の前だろう。私は思わず置時計の針の位置を確認する。
キィ、と静かな白いドアを開けて、そいつはやってきた。
「やっぱり大介だ」
「やっぱりって何だよ」
「予想が的中したからやっぱりって言ったの」
この時間に来るのは、大介しかいない。私が時計を確認したのも、その為。
「いつもこの時間に来るのは大介だけだもん」
「この時間にくれば丁度、綾香は寝てると思って来てんだよ」
「そう言っておきながら、私はこの時間に寝てた試しがありませんけど?」
「うっさい。病人は四六時中寝てろ」
幼稚園の時からの幼馴染が言う相変わらずの暴言にはもう慣れている。
そしてやっぱり、この幼馴染は
嘘が下手だ。
私が寝てる時に来たら、面接の意味ないじゃん。
しかもこの時間は診察が終わったばっかりだから、寝てるはずないよ。
――だけど、指摘すればまた彼は、拗ねたように暴言を吐くのだから、あえて言わないのだ。これも、もう慣れてる。
「今日、天気めちゃめちゃ良いよね。気持ちいい」
「……俺は少し暑いくらいだけど」
「全く、素直じゃないねぇ。ねぇ、ゲンブ」
左から右へ体の向きをかえて、私は棚の上に住む亀の甲羅を指先で軽く触った。
「お前、平気なのかよ。亀、触っても」
「平気なんじゃない?置いといても文句言われないし」
私の言葉に大介は納得いかなかったように唸ったが、何も言われないのだから置いたままでも平気なのだ、と私は解釈してる。
「その亀さ、小父さんがくれたんだろ?」
「うん。小父さんがくれたお守り」
“小父さん”とは私の家の隣に住む人のことで、小父さんとは名ばかり、20代前半の若いお兄さんだったりする。ここに来る前はよく近所の公園で遊んでくれた優しい人だった。
私がここに入る前、その小父さんは突然引っ越すことになり、新居はペットを禁止されているマンションの為、彼の飼っていた亀を私が譲り受けたのだった。
あの頃はただ、小父さんに覚えていてもらいたかった、ということに必死だった気がする。その小父さんはとてもカッコよかったからだ。
事実、今でも私の理想のタイプは、あの小父さんだったりするのだが
今では連絡も住所も知らないが、この亀だけでも繋がっていたいと思ってお守り、ということにしている。
「今はなんか妙に可愛いんだよね。目がくりくりしててさ」
「ふーん」
興味なさそうに声を出した大介だが、ゲンブを目が合うとわずかに身体を引いた。彼は亀が苦手なのだろうか。幼馴染の新たな発見をして、少し得をした気分になった。
「あと、どれくらいなんだ」
ゲンブを水槽に戻している間に、大介は窓の傍へと移動していた。こちらに背を向けて、窓の外を眺めている。
彼が訊ねたのは、恐らく、わたしがここにいる期間のこと、だろう。
それは、私にもよくわからなかった。
ここへきてわかったのは、私に関わる人間のほとんどが、真実を口にしないということだった。
嘘を言うのではない。言わないのだ。話を止めたり、はぐらかしたりして、大事なことを言ってくれない。
だけど、そんなことをやられると逆に分かってしまうもので、
だからまだここへ来たばかりの頃は、そのことについて親に尋ね、何も答えてくれないことにムシャクシャしたものだった。
だけどこの日は、調子よく私は嘘をついた。
「もうすぐなんだって」
それは、彼の声があまりにも調子はずれだったから。
普段と違って、弱々しく、不安で、それを必死に隠そうとしていたから。
私にはそれが嘘だということがわかった。
だから私も嘘をつきかえした。
「早くて一週間くらいなんだってさ!ほら、今日なんかこんなに調子がいいし」
「ふーん」
流石に一週間は早すぎるか、と思ったが、大介は納得がいったのかいかないのか分からない相槌をうった。
そして自分の肩にかけていた黒い大きめのバッグの中から何かを取り出し、ゴミでも投げるかのように軽く、ぽん、と私のベッドの上に放り投げた。
何かと受け取って見ると、それは。
「うわあー!うっれしーー!」
私が好きな作家のシリーズもの最新小説だったのだ。
前からあまり小説というものを読まなかったのだが、今の生活上、小説は結構な娯楽の一部となっている。その中でも特に私が気に入った作家の小説はもちろんとても人気なもので、図書館でも中々借りれずにいた。
「この本の登場人物がねーどことなく小父さんに似ててねー」
「それもう、何回も聞いたっつの」
「そうだっけ?…まさか、大介、これくれるの!?」
「貸すだけ」
間髪いれずに、そしてはっきりと声を出された。これは残念なことに嘘じゃない。
「退院するまで貸すだけだ。欲しいんだったら金払え!」
「なにそれー!」
やっぱり、大介は大介だった。
暴言吐きで、嘘が下手な、私の幼馴染だ。
そのやり取りがなんだか可笑しくて
ずっと頭にあったことを、口にしてしまった。
「本当は優しいクセに」
「あ?」
幸い、大介には聞こえてなかったらしい。
「うん、なんでもない」
「うわ、超うぜぇ」
「チョーウゼー」
大介と顔をあわせるといつも私は笑っていた。
そしてこれからも、
ずっとこの素直じゃない幼馴染と一緒に。
今日は、とてもいい天気。
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