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01.世界が俺を呼んでいるのだ

「世界が俺を呼んでいるのだ」
「何を言うか唐突に」
人間の考えることはわからない。
しかし、私は、この男の考えこそ謎なのだと感じる。


―【CALLING】―


その男が私の書斎へ表れたのは数分前、いや数秒前だったか。
私の家には決して響かないであろう下品で壮大な振動と供に奴は現れた。
「大変な知らせだ!!」
「それは私にとって有意義なことか」
奴の顔など確認しなくとも、声だけで興奮していることがわかる。
その興奮は紛れも無く「喜び」だ。
「大室~……折角、親友がはるばる会いにきてやったのに挨拶もねぇのかよォ」
「親友ではない。江波、お前こそ家に入るときはまずチャイムをしろと何回も言っているだろうが」
遥々も何もお前の家は自転車で15分もかからない上に、3日前にも同じように騒がしく私の読書の邪魔をしただろう。ここで私は今日初めて江波の顔を見る。やはり奴は頬を赤くして満面の笑みを浮かべていた。
「用が無いならとっとと帰れ。お前と違って私は多忙なのだ」
「おおう、用があるから来てんだった。忙しくたって聞く価値はあるぜ!」
「以前のように野良猫が引き取られたなどの雑談は聞かんぞ」
「それも大事だったけど今回は比べもんになんねぇよ。世界が関わってくる!」
ばたばたと大きく身振り手振りをして事の大きさを表現しているのだろうか。
慌ただしい奴だ。
ここで、私は改めて奴の顔を見て、本にしおりを挟んだ。
「……試しに、言ってみろ」
私の許可を得て、江波は口の端を上の方に吊り上げて微笑んだ。
そしていつもの、三日前に散々スナック菓子を喰い散らかしたソファに座った。
「いいか、一度しかいわねぇかんな」
足を広げ、私の方へ身を乗り出す様にして、言った。

「俺は、今夜旅に出る」

「……帰れ」
「おおい!!親友が折角報告しに来てやったのにその言葉はなんだ!!」
「今お前と会話した時間、言葉、酸素、全てが無駄だった。それに親友ではない!!」
それの何処が大事なのだ。それの何処が世界に関わるのだ。
私はやはり72時間前も同じようにあきれ果てたことを、今、思い出した。
江波は何時の間にか私の机の前まで迫っていた。
「呼ばれてるんだ」
その時私は、奴の雰囲気に圧された。江波の目が、尋常でないほど真剣だったのだ。
「……誰に」
「世界」
「お前さぁ……」絶句、というのはこのことだ。逆に心配になってくる。
「今度診察してやろうか」
「失礼な!!証拠を見るといい!!」
そんな破天荒な話に証拠もなにもあるのだろうか。不信がる私を横目に、奴はずかずかと私の後ろにある東側の窓を開けた。
肌寒い風がひゅうと吹いてくる。寒い。
「見ろ」
奴の人差し指の先には巨大な長い雲がひとつ、快晴の空に悠々と浮いている。
私は奴の顔を睨んだ。あれが、証拠か。
「あの龍は東の空から北東に向かって進んでいる。俺はあの龍を助けに行かなきゃならんのだ」
「龍…?」
言われてみると、その長い雲は、しっかりと頭があり、角があり、足や尻尾もあるように見えた。
「龍が雲になるのは、人間に助けを求めてるからなんだ。そう、俺のじーちゃんは言っていた。
 それは世界に危機が訪れている充分な証拠だ!!だから……」
「だから……?」
この瞬間、私は奴に関わるときに感じる嫌な予感が巻き返してきた。
「大室。お前も一緒に行こう!」
「行かん!!」
奴の話を真剣に聞くことは、よほど暇な人間のすることだ。
私はまた、よほど暇な人間のひとりとして数えられてしまうところだった。
「なんでだよ!世界を救えるかも知んねーんだぜ!?」
「私はお前ほど暇な人間ではない!!第一、宛てはあるのか」
「もちろん、無い」
適当極まりない。何故そんなに自信を持って言えるのかが分からない。
「だけど、時間も金も大丈夫だ。大体は野宿になるだろうけど」
「そんな旅に私を誘おうとしたのか。いつ死ぬかわからんな」
「世界を救うんだ。そんくらいじゃ死なん!」
「お前はきっと死んでも死なないだろうな。是非いつか解剖してみたいものだ」
こいつは高校のときからそうだ。私が少しでも話を聞いてやるとすぐ調子にのる。そして、私を誘うのだ。
それは卒業した数年後の今現在も全く変わってはいない。いや、磨きがかかったか。
「ま、無理にとは言わねーよ。その代わり、俺がいなくなっても死ぬなよな」
「何故、お前が消えて私が死なにゃならんのだ」
「大室みたいな奴は、寂しいと死んじゃうんじゃないかと思うから」
あと一言、奴が冗談を言えば、私は確実に強行手段に出るところだ。その時だった。

「失礼しますね」

「ああ、雪乃さん」
「コーヒーを、お持ちしました」
「いや、彼はもう帰るそうだ。寧ろ帰らせる。コーヒーは私だけで頂くよ」
「え、あ、そうですか」
「じゃあな!!手紙書くからなぁ!」
勇ましいほど勢いよくドアが閉められ、騒がしい嵐は去っていった。
とりあえず私は、部屋に被害が及ばなかったことを安心し、有意義であった読書を再開した。

「江波さん、どこかへご旅行に行かれるのですか?」
「さぁな。世界が呼んでいるんだそうだ」
「まぁ」
そして雪乃さんは、持っていたコーヒーのひとつを私の机に置いて、こう言った。
「そういえば江波さん、この前も『南西の方で猫が生まれた』って言いに着ましたよね」
前世が、占星術師か何かだったんじゃないですか?笑いながら彼女は言い放った。
「そういえば…」
学生の頃から奴は空を見て、西に何が居るだの、北で何が起こるだのと騒いでは、それが真実に近いか現実に起きていたことを証明していた。
あながち、龍の話も世界が関わる話も嘘ではないのかもしれない。
私はゆっくりと泳ぐ白い龍を眺めながら、
目を覚ますようにコーヒーを一口、飲んだ。




06/11/26





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BGM/FINAL STAGE:光が原


言っておきますが、江波はこの後世界を救いません。

ただ、東の方で、巨大な青いこいのぼりが木に引っかかっているのを
見つけて取り外して、もって帰ってきます。
そんなことぐらいしかやりませんよw



fantaisie-impromptu

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