[sor ato e ru]
青空の羽を秘める少年と、堕ちた神の使いに似て非なる者の話
Requiem 2017.12.08.
鎮魂のための祈り歌
2018.07.10.
打ちっ放しのコンクリートに囲まれた倉庫には、いたる所に物が散らかっていた。
これら全てが、恐らく、盗品と思われる。
そんな中、シャッター近くに置かれた1台の大きなバイクが目を引いた。真っ赤に艶めく大型のバイクは、埃とカビのにまみれた灰色の倉庫にはひどく不釣り合いに見えた。
後ろで部屋の汚さに驚き騒ぐ彼の声を無視し、無雑作に置かれた盗難品の間を掻き分けて、私はそのバイクに歩み寄る。
埃の付き具合からして、まだここに置かれて日は浅いのだろう。赤い外装はよく見れば細かな傷は付いている程度で、綺麗に手入れがされているようだった。
足下近くには3本の爪痕が描かれた有名なエナジードリンクのシールが貼られていた。本来の持ち主が貼ったのだろう。おもむろに指先でシールの爪痕をなぞると、心なしか、指先に熱を感じた。
「うわ!CBRだ!」
後ろから、馴染みのある大声が容赦なく飛んできた。小さな小屋なので、その勢いのある声は暴力的に響いて聞こえる。
「センダボのレーサーレプリカだぜ。いいなぁ……ああ!見ろよ、センターアップだ」
人差し指で指された先には、バッタやカマキリをイメージさせるような細い尾の部分。
そこにはMORIWAKIと彫られた虹色に鈍く輝くマフラーが一本だけ取り付けられている。
見た目は大きいものの、風を切り駆ける姿が容易く想像できる形をしているバイクは、薄暗いこの部屋の中に、ただ置かれているだけでも充分すぎる魅力を放っていた。
「古い年式だけど、結構欲しがる奴多いんだぜ、これ」
だからこんなところにあるんだろうな、などと呟きながら、はしゃぐ彼の足下に広げられている青いビニールシートの上には、かつてバイクであっただろう残骸と、無数のカウルが並べられていた。解体されたバラバラの部品は、ビニールシートと相まって、四肢を切られた悲惨な死体のようにも見えた。気分が悪くなる。
「なぁ」
埃か黴か、もしくはその場のモノに宿った怨念のせいなのかはわからないが、喉から胃にかけての気持ちが悪くなっていた私は、思わず口に手を当てていた。そのせいもあり、彼が静かに、そして私に呼びかけていたことに、気づかなかった。
「なぁ、おい」
「ああ、どうした」
「こいつ、連れて行こう」
「は?」
突然の提案に戸惑う私を無視して、彼はバイクに近づき、手のひらから鍵を取り出した。翼をモチーフにしたマークが描かれている。バイクには同じエンブレムが、黒く印されている。
このバイクが盗まれたものであれば、本来ならこの場にあるはずのない鍵を、彼は一体どこから取り出したのか。
「ここにあっても、いずれは解体されるかもしれない。ケーサツがここを見つけるにしても、いつになるやら。そんならおれたちが、せめてまだ生きてるこいつだけでも、外に連れ出してやろうぜ」
「そんな」
呆然と見ている間に、彼はそれを躊躇なく挿して、捻る。キキキキキ、と高いモーター音の後、ブォン、と勢いよくエンジンが音を立てた。まるでバイク自身が「まだ走れるぞ」と、我々に意気込みを語ったかのように思える音だった。
「おう、いけんじゃねえか」
そして彼はヘルメットを2つ、顔が隠れて、なるべく新しそうなものをこの倉庫の中から選んだ。
盗まれたものを再び盗むことに罪悪感はないでもないが、あのまま他の盗品のように無残な部品にさせてしまうのは哀れだと思ったので、何も言わなかった。
内側からなるべく音を立てないようにシャッターを開ける。この時も、彼はなぜかシャッターの鍵を持っていた。
この町外れの倉庫は、日中であってもよほどでない限り、ひと気のない場所にある。真夜中ならなおさら人が通ることはないだろう。私たちがそのバイクを外に連れ出すことは容易かった。
「持ち主がわかれば、返してあげられるんだけど」
「返してやるために、おれたちが救ってやるんだ」
「義賊」
彼が先に跨り、私が後ろへ乗る。その時、もう一枚、先程のものとは別のシールが貼られていることに気が付いた。
元から塗られていたCBRという文字の近くに貼られていたので、あまりに自然すぎて気付かなかった、漢字の「改」という文字。
「これ、こういう種類なの?」
「いや、これも、本来持ち主が貼ったんだろ」
ハンドルをひねり、再びエンジンを蒸す。彼はすぐに加速して、私たちはあっという間にその場から離れる。
真夜中の道路は車が少ない。風の音だけが夜景の中に響いて聞こえた。
どれくら走っただろう。月の見えない夜だろうと光が溢れる港町で、一際目立つ虹色の観覧車を眺める。風がとても涼しかった。
結局、あの倉庫に我々の求めていたものは無かったが、代わりに良い逃亡仲間が増えた。
「また振り出しに戻った」
「仕方ないね」
「俺たち、いつになったら帰れるんだろうな」
「……あれが見つかるまでかなぁ」
誰もいない、私たち以外には誰も聞いていない内緒話。
ただし、側には大型の赤いバイク。
「お前も帰れるといいね」
私は暗闇に赤く光る機体にそっと触れてみた。
「ああ、頼むよ」
暗闇の中、彼の声が風の中に消えていった。
2018.07.10.
打ちっ放しのコンクリートに囲まれた倉庫には、いたる所に物が散らかっていた。
これら全てが、恐らく、盗品と思われる。
そんな中、シャッター近くに置かれた1台の大きなバイクが目を引いた。真っ赤に艶めく大型のバイクは、埃とカビのにまみれた灰色の倉庫にはひどく不釣り合いに見えた。
後ろで部屋の汚さに驚き騒ぐ彼の声を無視し、無雑作に置かれた盗難品の間を掻き分けて、私はそのバイクに歩み寄る。
埃の付き具合からして、まだここに置かれて日は浅いのだろう。赤い外装はよく見れば細かな傷は付いている程度で、綺麗に手入れがされているようだった。
足下近くには3本の爪痕が描かれた有名なエナジードリンクのシールが貼られていた。本来の持ち主が貼ったのだろう。おもむろに指先でシールの爪痕をなぞると、心なしか、指先に熱を感じた。
「うわ!CBRだ!」
後ろから、馴染みのある大声が容赦なく飛んできた。小さな小屋なので、その勢いのある声は暴力的に響いて聞こえる。
「センダボのレーサーレプリカだぜ。いいなぁ……ああ!見ろよ、センターアップだ」
人差し指で指された先には、バッタやカマキリをイメージさせるような細い尾の部分。
そこにはMORIWAKIと彫られた虹色に鈍く輝くマフラーが一本だけ取り付けられている。
見た目は大きいものの、風を切り駆ける姿が容易く想像できる形をしているバイクは、薄暗いこの部屋の中に、ただ置かれているだけでも充分すぎる魅力を放っていた。
「古い年式だけど、結構欲しがる奴多いんだぜ、これ」
だからこんなところにあるんだろうな、などと呟きながら、はしゃぐ彼の足下に広げられている青いビニールシートの上には、かつてバイクであっただろう残骸と、無数のカウルが並べられていた。解体されたバラバラの部品は、ビニールシートと相まって、四肢を切られた悲惨な死体のようにも見えた。気分が悪くなる。
「なぁ」
埃か黴か、もしくはその場のモノに宿った怨念のせいなのかはわからないが、喉から胃にかけての気持ちが悪くなっていた私は、思わず口に手を当てていた。そのせいもあり、彼が静かに、そして私に呼びかけていたことに、気づかなかった。
「なぁ、おい」
「ああ、どうした」
「こいつ、連れて行こう」
「は?」
突然の提案に戸惑う私を無視して、彼はバイクに近づき、手のひらから鍵を取り出した。翼をモチーフにしたマークが描かれている。バイクには同じエンブレムが、黒く印されている。
このバイクが盗まれたものであれば、本来ならこの場にあるはずのない鍵を、彼は一体どこから取り出したのか。
「ここにあっても、いずれは解体されるかもしれない。ケーサツがここを見つけるにしても、いつになるやら。そんならおれたちが、せめてまだ生きてるこいつだけでも、外に連れ出してやろうぜ」
「そんな」
呆然と見ている間に、彼はそれを躊躇なく挿して、捻る。キキキキキ、と高いモーター音の後、ブォン、と勢いよくエンジンが音を立てた。まるでバイク自身が「まだ走れるぞ」と、我々に意気込みを語ったかのように思える音だった。
「おう、いけんじゃねえか」
そして彼はヘルメットを2つ、顔が隠れて、なるべく新しそうなものをこの倉庫の中から選んだ。
盗まれたものを再び盗むことに罪悪感はないでもないが、あのまま他の盗品のように無残な部品にさせてしまうのは哀れだと思ったので、何も言わなかった。
内側からなるべく音を立てないようにシャッターを開ける。この時も、彼はなぜかシャッターの鍵を持っていた。
この町外れの倉庫は、日中であってもよほどでない限り、ひと気のない場所にある。真夜中ならなおさら人が通ることはないだろう。私たちがそのバイクを外に連れ出すことは容易かった。
「持ち主がわかれば、返してあげられるんだけど」
「返してやるために、おれたちが救ってやるんだ」
「義賊」
彼が先に跨り、私が後ろへ乗る。その時、もう一枚、先程のものとは別のシールが貼られていることに気が付いた。
元から塗られていたCBRという文字の近くに貼られていたので、あまりに自然すぎて気付かなかった、漢字の「改」という文字。
「これ、こういう種類なの?」
「いや、これも、本来持ち主が貼ったんだろ」
ハンドルをひねり、再びエンジンを蒸す。彼はすぐに加速して、私たちはあっという間にその場から離れる。
真夜中の道路は車が少ない。風の音だけが夜景の中に響いて聞こえた。
どれくら走っただろう。月の見えない夜だろうと光が溢れる港町で、一際目立つ虹色の観覧車を眺める。風がとても涼しかった。
結局、あの倉庫に我々の求めていたものは無かったが、代わりに良い逃亡仲間が増えた。
「また振り出しに戻った」
「仕方ないね」
「俺たち、いつになったら帰れるんだろうな」
「……あれが見つかるまでかなぁ」
誰もいない、私たち以外には誰も聞いていない内緒話。
ただし、側には大型の赤いバイク。
「お前も帰れるといいね」
私は暗闇に赤く光る機体にそっと触れてみた。
「ああ、頼むよ」
暗闇の中、彼の声が風の中に消えていった。
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