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SUMMER VACATION FUN CLUB

学校の屋上は、電柱が届かないほど高い。
その分、空にも近くなる。
おれ達は、校内で空に一番近いところで
大の字になって寝転んでいた。

もちろん空は晴天。
白いもこもこのファーのような入道雲と真っ青のペンキをだくだく流したような空。
おまけに細い光の束があつまった黄色い太陽が目の前にあった。
BGMは熱い鉄板で肉を焼いているみたいな、数匹のセミによるコーラス。
シャツは背中にぴったりとはりついていて気持ちが悪い。
それでもおれ達は、屋上で寝ていた。

「あーぢぃー…」
「当たり前だよ、夏だからな」
おれが吐いたうめきに、横で同じように寝ているシゲが答えてくれた。
そうだ。夏だからな。
こんな、俗に言うカンカンデリの日に、おれ達は直射日光に
身をさらしている事に、特に理由はなない。
学校の予備講習が終わり、ぼーっとした暑さの中で、屋上へ行こうということになった。
ただそれだけだった。
暑さで吐くため息と顔に当たる風は同じ温度だった。
遠くから微かに、波の音と歓声が聞こえる。老若男女問わず。
「そういえば今、夏休みなんだ」
おれ達の学校は市内でも一番海に近く、そして海で有名な町にあった。
当然この季節には遠い都会の家族連れが多くなり、地元の人間達は海になど行かないのだが。
「夏休みってーとさ、なんか宿題多くてヤだよなー。
 『なんで休むときに勉強なんかしなきゃいけねーんだ』ってめっちゃ文句言ってよ。
 でもよ、おれ朝顔の観察日記つけるのだけは好きだったんだ。
 小学生のときに枯らした事なんてなかったんだぜ」
そう言って冗談を言った時のようにシゲに笑いかけた。
しかし、シゲは空を見つめたまま、こう言った。
「おれさ、小学生の頃、夏休み無かったんだ」
おれはシゲからの返事に戸惑った―夏休みが、ない?
空は濁った白色の雲で太陽が隠されて、少し涼しくなった。
「おれ、ガキん頃妙に身体弱くてさ。夏休みになる前からずっと入院て決まっててな。
 それが大体、小5まで続いてた。で、小6の時の夏休みには中学受験でつぶれた」
シゲは上を向いたまま、喋っていた。
「だからおれ、楽しい夏休みなんて体験したことねーんだよなぁ」
決して暗くなく、逆に嫌味を言うようでもなく、まるで冗談のような
口調で言い、ゆっくり「うーん」とのびをした。
太陽はまた雲から顔を覗き始める。
おれは暫く考えて、シゲにこう伝えた。
「じゃあよ、今からとことん夏休み堪能すればいいじゃんか、
 取り戻せねないワケじゃねーんじゃね?」
今すごく良いこと言ったよ、おれ。
「無理だよ」
開花しそうだった優越感が一瞬でしなびた。同時に、おれの中の気も抜けた。
「なんでそう言い切れんだよ」
寝返りをうってシゲの横顔を見た。汗が上から下へ垂れていく感触がくすぐったかった。
「だってよ、トシ。おれ達はもう知っちゃってるんだぜ」
「知っちゃった?」
「そ。夏の仕組みを、さ」
シゲは時々遠まわしなことを言う。でもその言い方が面白くて、おれはいつも黙ってその続きを聴く。
「……ガキの頃はさ、全く知らなかったじゃん。
 朝顔がどうやったら育つかとか、夜の縁日の始まる日とか、
 どうして入道雲ができるのかとか、スイカの種を飲み込んだらどうなるか、とかさ。
 でも今はもうそういうことは、軽くだけど、わかっちまっただろ。
 だからおれが取り戻したい“夏休み”ってんは、もう取り戻せねーんだ」
おれは暫くシゲを見ていた。
汗は全て下へ流れたのだろうか。セミは全て遠くへ飛んでいったのだろうか。
耳に残るのは小さな波の音だけだった。
入道雲は太陽にあてられて白くなっていた。





拍手

「なぁ」
シゲの声にはっとなった。なんかどっか遠くに行ってた気分だった。
「トシ、この歌知ってる?」
そう言ってシゲは、なんだか普段より少し高い声で歌い始めた。
その歌は、もちろんおれにも聞き覚えがあった。
確か……そう、小学校低学年くらいの頃に、日本中の子供が夢中になった
超有名なアニメの、初めての劇場版で流れていた歌だった。
小さなマスコットキャラクターたちが、日本語じゃない自分達の言葉だけを喋り
夏の思い出をつくる。そんな感じのストーリーで、もちろん俺は母親とすぐに見に行った。
むしろ見なければならない。そのアニメをみていた全国の子供がそんな宿命を持っていた気がする。
「うっわ、なつかしー。てかなんでシゲそんな歌覚えてんだよ」
しっとりとしたリズムは複雑ではないし、子供でも覚えやすい歌詞だったし、
何より歌っていたのは一般の子供を集めたそのアニメ主題歌限定のグループだ。
そんな歌を高校になって今更歌っているのが、妙に可笑しく思えた。
「この歌な、おれが入院してる時にテレビのCMで流れてたんだ。
 でもおれはこの夏いっぱいの入院だったから映画には見にいけなくて、
 どうしてもって頼んで親に買ってきてもらったのが、この歌のCDだったんだ」
夏休みに、夏休みをテーマにした映画の、夏休みを謳った歌を、
夏休みを感じることが出来ない子供は、ひとり病室で聴いていたのだ。

せめてうただけでも、せめておはなしだけでも、
ぼくのかわりに、なつやすみをおしえて。

おれは無性に、もどかしかった。
そして無性に、悲しくて、腹立たしくなって。
無意識で気が付いたら、上半身だけ起こしておれも歌っていた。
同じ映画の歌だけど、さっきシゲが歌っていたのはエンディング。
おれが今歌っているのは、夏の始まりを喜ぶオープニング曲だ。
はずんだリズムで、もっと遊ぼう、もっと喜ぼう、もっと夏を楽しもう、
そう歌っている歌だ。
下手に上手く歌おうとせずに、少し冗談交じりで歌った。
サビの部分。数年前の子供のころの記憶でもまだ残っているもんだ。
おれの雑な歌に、シゲの声が合わさっていた。
やがて青空から雲が消えた。

「「イエーイ!!」」
不自然なセリフも歌の歌詞のうちだった。
もっとも、2人で手を打ち合うなんてのは書いてなかったけど。
歌一曲でも全力で歌うと疲れるもんだ。
そして笑えてくるもんだ。
一回ひいたと思った汗はまだまだ身体の中からしみ出てくる。
なんだか分かんないけど、めちゃくちゃ可笑しくて、楽しかった。
シゲは笑いながら目を細めて、空を見上げていた。
汗は頬をつたって流れていた。
「あーあ、あっちぃなぁ」
シゲが腕で顔を拭いながら言った。
その答えとして、おれはこう答えた。
「当たり前だ。太陽がいちばん元気な季節だからな」
そして伸ばしていた足をまげて立ち上がる。
「ちがいねーや」
シゲは脚をぶんっと振り上げて跳ねるように立ち上がった。
体温より低い、心地のよい風が吹いた。
「なぁ、シゲ」
おれは屋上から校内へもどるドアに向かって歩きながらシゲを呼ぶ。
「かき氷食いに行こうぜ!」
振り向いた先には、今のシゲが居る。
太陽に照らされて、輝いてるシゲが、笑った。
「行こう!」
おれはレモンな、と付け加えてドアの方へ歩み寄ってきた。
ならおれはブルーハワイのシロップをかけよう。

空は青く、太陽は黄色。
透明な風は、おれたちのシャツをふくらまして通り過ぎた。

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