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【温かい雨】

温かい雨:おそらく修正版








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これから語るお話は『ロナニハハ』という、不思議な力が在る世界の話。

この世界で『ロナニハハ』は、とても強い力を持っている。

だから『ロナニハハ』は、呪いだとも言われていた。

これはその『ロナニハハ』を受け継ぐ者・ロナと、

共に旅をする男・シキの、或る断片的な物語。


【温かい雨】


今日はここで休もうか、と言ったのはロナの方だった。
普段ならば、シキが彼を気遣って声をかけているのだが、この日は珍しく違っていた。
この町に着いた時、まだ日は暮れていなかった。しかし次に向かう町までまだ大分距離があり、今から出発しても途中で夜になってしまうだろうとロナが言うので、シキはそれに素直に応じた。
宿は難なく借りることができたので、シキは旅の荷物を買い揃える為に単独で買い出しを済ませることにした。広く大きな町であったので、必要な分の食料は勿論、質の良い武器なども多く見られる。賑わう町を一通り回り、宿に向かう頃には、空は夕暮れから夜に変わろうとしていた。

「只今戻りました」

シキが宿の一室のドアを開けると、ロナは窓から離れたベッドの隅に座り、地図を広げていた。

「あぁ、お帰り」

ドアを開けた者がシキである事を確認すると、ロナは頭部まで覆っていたローブのフードを取った。細く長い黒髪がさらりと流れ落ち、褐色の肌をした端正な顔立ちを露わにした。しかし、彼には更に目を引く特徴がある。その左頬から体にかけて、蔓草のような模様が刻まれている。
それは、ロナが強い力を持つ者――殊に、全身に『ロナニハハ』の模様を持つ『ロナンの末裔』であることを示す証だった。

「ありがとう。君にはいつも世話になってばかりだな」

「ロナさんのお役に立てるのなら、喜んで」

それは決して大袈裟な言い方ではなかった。
過去、シキはロナに命を救われた。瀕死状態の所を、ロナの持つ力によって一命をとりとめたのだ。その恩を返すため、シキは彼の旅に同行している。

「明日はどのように?」

「そうだな……早めにここを出ようと思う。そうすれば次の夜には目的地へ着くだろうから」

君も早めに休んでおくと良い。そう言いながらロナは地図をたたんだ。

「俺は荷物を確認しておきます」

「ありがとう。じゃあ、私は先に休ませてもらうよ」

そう言って、ロナはそのままベッドの上で横になった。 彼はその特殊な体質故に、より体力を消耗する。この町の様に人が多く入り乱れる所では尚更のことだろう。シキはすぐにそれに気づけなかったことを悔やみ、安全に休める宿をとれたことを心から幸いに感じた。


――以前、ロナが病人の治療を行う為にある町を訪ねた時のことを思い出す。賑わいをみせる大きな町から遠く離れた、小さな村だった。村の奥にある村長の家で、ロナは治療を行い、シキは部屋の外で彼を待っていた時のこと。窓に目を向けると、外は暗く、己の姿が窓に映っていた。その中でふと、後ろで若い男達が話をしているのが見えた。

「見たか……」

「あぁ、アイツ……」

シキに他人の会話を盗み聞きする趣味はなく、旅人への物珍しさから集まった若者だろうと気にしてはいなかった。しかし男の言い放った言葉がはっきりと耳にとまる。

「暗闇の魔女だ」

シキは男達に近付いた。一人の、鼻が特徴的な男は、目が合うなり小さな悲鳴をあげた。するともう片方の男が振り向き――こちらは目が糸のように細い――顔を引きつらせた。
シキは自分の目つきの悪さを幼い頃から自覚していたので、男達の反応はいつもの事だと思った。

目の細い男が口の端を釣り上げて悪趣味な顔を見せる。

「お前、あの暗闇の魔女の……」

「暗闇の、魔女?」

「今この部屋にいるロナニハハの事だよ」


ああ、とシキは鈍く反応をした。確かにロナは男にしては体つきが細く、身体を覆ったローブの上からでも女と間違うこともありえるだろう。幾つもの噂が屈折して、魔女と言い表されるようになったのか。何れにしても、シキはその表現を不愉快に感じた。
すると、部屋のドアが開き、中から初老と見える男が出てきた。治療に立ち合っていた村長だ。

「治療は終わった。報酬を取ってくる」

そう言って彼は部屋を離れた。
奥ではベッドから上半身だけ起おこして、仕切りに身体を気にしている若い女性と、その横でローブを羽織り、仕度をすませたロナが居た。

「待たせたな。今回は少し時間がかかってしまった」

心なしか、息遣いが粗い。治療に『ロナニハハ』の力を多く使いすぎたのだろう。

「もう外は暗くなっています。今日はここで宿を借りて……」

「疲れている所悪いのだが」

村長が部屋の前に戻っていた。手には小さいながらも重さのある麻の袋を掴んでいる。

「金を受け取ったらすぐにこの町から出て行ってくれ」

はっきりとした低い声だった。その言葉にシキは驚きつつも、反応をする。

「この村から近い町でも半日はかかる。一晩でいいんだ」

「恐らく、この村に君達を泊まらせる家はない」

初老の男の顔に深く刻まれた皺は、古き伝えを尊び、守り続けてきた刻印のようだった。厳格な空気を帯びている。彼の鋭い金色の目がロナを捉えた。

「貴方の力は偉大だ。しかし、同時に我々にとって恐怖でもある」

『ロナニハハ』は忌み嫌われる。それはこの世界のどこだろうと変わりはない。しかしその末裔であるロナが持つ治癒能力は『ロナニハハ』が病として蔓延るこの世界に必要不可欠のものであり、その強力な力こそ人々が古くから『ロナニハハ』を恐れる理由でもあった。

「しかし」

「シキ」ロナの声がシキの動きを止める。

「行くぞ、シキ」

「……はい」

シキは煮え切らない思いで乱暴に報酬を受け取りながら、治療をうけた女性を見る。救われたにも関わらず、女がロナに向けた眼差しは嫌悪と拒絶の混じった冷たいものだった。
シキは口の中で小さく舌打ちした。
頼りない足取りのロナを気遣いながら、2人は村を離れる。少し歩くと、ついにロナは座り込んでしまった。シキが慌ててその身体を支える。

「やはり先程の村で休まれた方が――」

「いや、いいんだ」

肩を支えながら呼吸を調える。先程よりも、酷く辛そうだった。

「疎ましく思われながらも、生かされているんだ」

枯れそうな程小さな声で呟く。

「囚人と同じだよ」

そうして目を伏せた彼の姿を、シキは今でも忘れられなかった。


――今、ロナは柔らかなベッドの上で、静かに寝息を立てて眠っている。寝返りをうつと絹のように柔らかい髪が、はらはらと流れた。月明かりが彼の肌を琥珀色に照らしている。薄い布のカーテンは月の光まで遮る事はできずにいた。

「囚人と同じ……か」

この世界をいくら歩いても、逃れる事ができない囚人。
彼にとって、この世界はなんて大きな牢獄だろう、とシキは思った。暗闇と言われた者自身が大きな暗闇に捕らわれている事に誰も目を向けない。
ロナと共に旅をするにつれて、シキの旅の理由は少しずつ変化していた。
あの俯いて目を閉じた彼の姿を見た時。
護りたい、と思った。ロナに忠義を尽くし、それこそ己の命が尽きる最期まで彼に仕えたい。今ではそう願うまでになっていた。
しかしシキがロナに勝手に付いて来ている事には変わらない。彼が自分を邪魔であると言えば別離は余儀なくされる。
幸い、今までそのような事は一度もなく、寧ろ感謝をされてばかりだった。
「(感謝したいのは俺の方なのに)」
放られたロナの手を見る。呪われたの模様はその手の甲にまで及んでいた。皮膚に絡まるように刻まれた蔦の模様を見て、包みこむように彼の手をとり、自然とベッドの横に膝をついて跪く体勢になる。

「(貴方が自身を囚人と言うのなら、)」

冷たく暗い牢獄に囚われて逃れることができないのなら。

「俺は、その牢獄の窓になりたい」

せめて自分が森の風を、空の光を、世界の温かさを貴方へ届けよう。
扉の無い石の牢獄の救いとなれるのならば良い。
強すぎる光で貴方が消えてしまわないように。
シキは目を閉じた。しかしロナと同じ暗闇を見る事は出来ない。
触れていた手に涙が落ちた。

「……シキ?」

その滴に気が付いたのか、ロナに名を呼ばれた。が、彼は目を覚ました様子ではなかった。

「雨が、降っているね」

涙を雨の滴と捉えたようで、シキは少し安心した。泣いている事を気付かれたくなかった。

「ええ、そのようです」

シキの姿にロナが気付いていたのかはわからなかった。朧気なままロナは囁いた。

「暖かい雨だ。……すぐ止むと良いけれど」

「……そう、ですね」

返事をして、目を窓の外へ向ける。
月は眩しいほど輝いている。その光は窓を通して、部屋の暗闇を穏やかに照らしていた。




BGM:VAGRANCY 『幽明(ピアノアレンジVer)』



口付けは手にするべきか、
それとも瞼にするべきか。

いっそ唇にしてしまいたい
そう思う事が狂気の沙汰

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